はじめに
最近、私の勤める会社で「通勤手当」の制度変更が続いています。 それも、従業員にとってはあかららかな「改悪」です。
そもそも通勤手当とは何なのか、そして今回の変更が現場で働く私たちにどのような心理的・経済的影響を与えているのか。今の正直な思いを整理してみたいと思います。
通勤手当の本来の役割とは
通勤手当は、従業員が自宅から勤務先まで移動するためにかかる交通費を企業が補填するものです。 法律で義務付けられたものではなく、あくまで会社の「任意」の制度ではありますが、多くの企業が「最も経済的かつ合理的な経路」を基準に支給しています。
しかし、リモートワークが普及した昨今、この手当のあり方が見直され始めています。私の職場でもその波が来ているのですが、どうも納得のいかない形へと進んでいるのです。
段階的に進む「改悪」の記録
私の会社では、ここ一年強で以下のように支給ルールが変化しました。
- 以前: 実費(往復運賃×出勤日数)を支給
- 昨年4月: 1か月定期代の金額に固定
- 昨年10月: 3か月定期を3分割した金額に減額
- 今年4月: 6か月定期を6分割した金額に再減額
- 今後(予定): 6か月定期代を6か月に一度支給。あわせて定期券のコピーや利用履歴の提出を義務化。
回を追うごとに、会社が支払う金額を1円でも削ろうとする執念が透けて見えます。
今回の改悪で感じた「3つの違和感」
今回の変更を受けて、私は3つの大きな疑問を抱いています。
1. 現場スタッフへの敬意の欠如
私の職場は病院です。リモートワークなど不可能な、いわゆる「エッセンシャルワーカー」の現場です。そこで通勤コストを削るということは、実質的な賃下げであり、会社から「嫌なら来なくていい」と宣告されているように感じてしまいます。
2. 低賃金に追い打ちをかける経済的負担
私たちの基本給は決して高くありません。一般職の平均年収は300万円前後、管理職でも400万円に届かないことが多く、最低賃金に近い水準で働いているスタッフも大勢います。 この状況で、数千円単位の手当を削られるのは死活問題です。「働くために、自分でお金を払っている」という感覚に陥り、生活への不安と仕事への失望が募るばかりです。
3. 事務コストと「監視」のムダ
さらに疑問なのは、事務作業の増大です。定期券の券面確認や履歴チェック。これらの照合作業にかかる人件費や手間は、削減した交通費以上のコストになっていないでしょうか? 従業員を疑い、監視する仕組みを整えることにエネルギーを注ぐ姿勢に、虚しさを感じずにはいられません。
さいごに:何のために働いているのか
今回の件を通じて、改めて考えさせられました。 「なぜ、お金を稼ぐためにお金を払わなければならないのか?」
通勤費を差し引いたとき、実質の時給が最低賃金を下回ってしまうような職場で、このままモチベーションを維持して働き続けられるのか。 手当の改悪は、単なる「数字の変更」ではなく、従業員が会社に抱く「信頼」を削り取っていることに、経営層は気づいているのでしょうか。
自分の働き方と、この場所で働き続ける価値を、今一度冷静に見つめ直す時期に来ているのかもしれません。

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